平場でしたので、ショップとは違うと先輩や上司に言われましたが、私は自分の考えが正しいのか?
実践で試してみました。有難い事に私の担当店舗は、一番キツイ取引先と言われておりましたが、私の担当店舗に若い店長は、嫌がらず異動してくれました。この異動で彼女も初店長経験です。
また、私の考えを伝えると、厳しくても良いから、ノウハウを教えて下さいといわました。
私は、営業29歳 店長は、26歳くらいで、担当百貨店の中では、営業も店長も一番若かったと思います。21時半以降に終わるのに、その後からミーティングをしました。私もスーパーバイザーのように、毎日店舗に入り店長をOJTに近い感じでアドバイスしました。
そのタイミング頃に、何でも怒鳴り回すだけの課長が上司になってしまいました。”お前は営業か?”
”お前みたいな奴が、会社業績落としたんじゃ” ”前の部署でチヤホヤされながら、仕事しとったんやろ!”と机を蹴られたりでした。心では、お前がダメにしたんやんけ~と思いながら言えず。その時点では、会社単体では、首位転落。しかし、連結では上場3社がありましたので、まだまだ巨大企業でした。そこから、身体が崩れ出しました。私も主力店を名古屋で10店舗程度持っていましたが、他の店舗巡回数が減りました。責任者としては失格てす。私が担当していたブランドは、本部の中では、小さなブランドでした。とはいえ、70億ブランドです。百貨店の売場は、メイン売場を貰えず、エスカレーターから奥になります。百貨店のメイン売場は、我々の本部の他ブランドと他社のブランドで固められてました。営業が百貨店側と商談する際は、商品投入の話しばかりですが、私は客数軸、商品軸に販促をどう絡めるかを、販売計画にそって商談しましたが、最初はあまり話しを聞いてくれませんでした。
ところが、私の教えて通り店長が店舗運営しますと、フェアー初日など、100万近く売上たのです。
それまでは、良くて数十万でした。
私も1年は、かかるだろうと思いましたが、約3ヶ月で、顧客比率が伸びました。
ヤングブランドでは、考えられない事でした。
その年 転職を決めていた最終月に他社メインブランドの売場獲得に成功し、売上を伸ばす事が出来ました!
私のやり方は、間違いで無かったと気付きました。また、その年にミセスブランドにワー◯◯社が、若い店長を投入し成功と繊研新聞に書かれてました。何故、我々の上司は、過去の成功ビジネスを正にするのだろう?とアメリカブランドから、小売業を学んだ私は、不思議でありましたし、この巨大企業が、気付くまで、待てないと思うようになりました。後々に解るのですが、この1990年がアパレル業界の転換時期だったと解るようになります。
そして私自身次の道へ進む事になります。
2015年11月5日
